2017年01月05日

無礼者やマナー不足さんの存在意義

ネットをあさっていると、
世にマナー違反を注意する人のクチコミが
沢山出て来ることに気付く

沢山出ては来るものの
その人口割合的には0.01%にも満たないだろう

ただ主張の強い彼らはインターネットで主張することができる
それも実力のうちなのだと思う

逆に注意する声に反発する声は出てこない
たぶん、マナーについて興味がないので見ないのでしょう

そして、現実の世界ではいっちょまえに
人のお邪魔をしたり、余計な仕事を増やしたりして、周囲を自分より下げようとするんです

ここに二極化した考え方が見えて来ます

上がろうとする者と
周囲を下げで自分が上がっているように見せよう
自分より下が居ることで安心しようとする考え方だと思います。

よくも、人の人生を邪魔して平気ですね
まさに弱肉強食、動物社会そのものですね。

しかし、その品格で上品な馬を蹴り落とすことができるでしょうか

はい。できるかも知れません。
世は弱いものいじめの社会性ですので、
少数の美しい馬はいじめの対象ですよね。

しかし、今はインターネットがあるので、
世界に上品な馬の見方は増えているはずです

時代背景の変化に気付かず
他人の邪魔をして、自分が上がっているように見せようとするやり方

ネットワークが消滅しない限りは、
インターネット上の君の犯した下品がくちこみとして永遠に残るわけです

よっ、下品の代表!
存在価値は、やっつけられ役としての存在価値がある

なるほど!  


Posted by amidaios at 20:45 │コメントをする・見る(0)ホットな話題